お給料をもらう以上、仕事は楽しくなくて当然、我慢し続けて当然だと、半分は思っています。
しかし、本当にどうしようもなく合わない、嫌いだと思っている仕事を、お金のために一生続けることはできるでしょうか。
嫌いと思っている程度や、周りの家族のサポートの有無など、いろいろなことが絡み合って、続ける、続けないを心の中で葛藤しながら、働いている人たちも多いのではないでしょうか。
ここで成長できない人は、結局どこに行っても認められないよ?
私が会社を辞めたいと何度も思ったとき、心の中でつぶやいていた言葉です。皆さんも、どこかで一度は上司などから言われたことがあるのではないでしょうか。
この言葉も、半分は正解だと思います。しかし、半分は不正解です。
ここで言う成長の内容は、結局その企業の各部署が求める人材になることです。
自分自身の人間としての成長ではありません。
怒っているお客様への説明対応がさらりとできる人材、事務ミスしない人材、タイミングよく相談や提案ができる人材、営業力を高めてどんどん契約をとってくる人材。
意見を言える人、クリエイティブな人、逆にだまってマニュアル通りの仕事を機械のようにしてくれる人。
企業や部署によって求めることが違う以上、また、人によって得意不得意がある以上、本当にどこに行ってもだめかどうかは、やってみないとわからないこともあると思います。
一番大切にしなければならない目線は、上司でなくてお客様のはず
ある日、とある銀行に少額の両替に行くと、「どのようなご両替ですか?システムが変わり、両替は受付しなくなりました。ポスターにも貼ってあります。」と言われました。
このような変化は、日常よくあることです。
お客様側としては、サービスが悪くなったなと思ってしまいますが、断る方も、大変だろうなと思います。
私は、昔、接客業で窓口対応係をしていました。
当時、会社が様々なサービスを廃止していく過程にあったので、堅い社内ルールがある以上、謝ってお断りすることが仕事でした。
会社の目指すべき方向や理念があれば、たとえお客様が去っていくとしても、実行しなければならない時があるのです。
断る立場としてもしんどく、その他事務も非常に苦手だったので、いっそのこと違う分野で、自分がお客様の期待に応えられる仕事がしたいと思いました。
それには、苦手な仕事を継続するより、得意なことを生かした分野の方が喜んでもらえると思いました。
我慢しすぎず、人の期待に応えられるかどうか
公務員・国会議員・医師、保育士・仲居さん・美容師・セラピストなど、職業によって、世間から期待されるものが異なります。
プライベートと仕事は別と言っても、職業は人柄をイメージする重要な要素になりえるので、プライベートな場面でも、世間からはステレオタイプで見られます。
肩書を「誇り」に思える場合もあれば、なんだか本当の私とは違う、「重荷」に感じる場合もあります。
安易に転職を繰り返すのは、お給料も下がったり、新しい仕事を覚えるのに時間がかかったりするので、あまり賛成はできませんが、世間が期待しているものと、自分の持ち味が大幅に違うなと感じたら、異業種に転職することも、ありかもしれません。
自分の能力がお客様の期待に応えられる仕事で、しかも必死に我慢せずとも自然とできることがあれば、それが一番長く継続できる仕事になるのではないでしょうか。
もし、我慢するのだとすれば最初に「好きじゃないこと」を選ばずに「待遇や他の条件で選んでしまう妥協」を我慢するのが結局は一番なのかもしれません。
給料がいくらくらいはないと恥ずかしい、無名な企業に就職はしたくない、将来性は大丈夫か?
長い間続けるはずのことを強迫観念や世間体で選んでしまっては、やはり無理せずには続かないのではないかと思っています。