読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

古都 茶会記

気軽に楽しめる茶道と京の徒然

5月の花 いずれ菖蒲(アヤメ)か杜若

昨日、京都では葵祭も無事執り行われ、もう太田神社の杜若も見ごろは過ぎている頃かと思いますが、まだもう少し楽しむことができるでしょう。

 杜若、アヤメ、花菖蒲、真菖蒲と見分けがつかない似ている花がたくさんありますが、どれも5月のいけばなの花材としてもよく使われる美しい花です。

  

 

 

 

杜若

 

f:id:teaceremonykoto:20160411125614j:plain

杜若は、平安時代から和歌に詠まれ、親しまれてきた花です。また、美術館に行くと、画題としても大変よく描かれています。

京都ではなく、東京ではありますが、私は根津美術館が大好きで、お庭の杜若が大変美しかったのを思い出します。その時は、お天気が悪かったのですが、雨の中に咲く杜若が、大変風情がありました。ちょうど琳派の作品を展示されていて、尾形光琳(1658~1716)の国宝・「燕子花図屏風」が素晴らしかったです。

今年も昨日まで開催されていたようですね。

毎年5月ごろ、よく展示されているようです。

 

京都では、上賀茂神社の境外摂社・太田神社が、「杜若の神社」として大変有名で、毎年見に行かれる人も多いです。

 

 

 

 

 杜若といえば唐衣

  

f:id:teaceremonykoto:20160516164749j:plain

 もうそろそろ、5月の半ばなので、今年は見納めになってきていますが、唐衣は、杜若を意匠化した和菓子です。在原業平の

「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」

が有名ですね。「唐衣」は着るにかかる枕詞ですが、「着つつと来つつ」、「萎れと馴れ」、「褄と妻」で、着慣れた服と慣れ親しんだ妻の両方の意味があります。

そして、はるばる遠くへ来た旅先から、都を思って詠まれた歌です。

和菓子も「かきつばた」でなく、「唐衣」と呼ばれるのは、いただく時にこの歌を連想した方が、ロマンがあるからかな、と思います。

 

 

 

 

 

花菖蒲と真菖蒲

 

f:id:teaceremonykoto:20160516164843j:plain

 

「いずれ菖蒲か杜若」は、見分けがつかないという意味ですが、由来は、源頼政が怪しい鳥を退治した褒美として、菖蒲前という美女を賜るときに十二人の美女の中から選び出すように言われて、どれも皆美しくて選べないという意味で詠んだ歌なのだそうです。

参考:http://kotowaza-allguide.com/i/izureayamekakakitsubata.html

 

いけばなは、杜若は葉を矯めて曲線を美しく出すのに対し、花菖蒲や真菖蒲は、それほど曲げず、スッとした線を活かして生けます。

いずれも、5月によくいけるお花ですが、特に真菖蒲は手に入りにくいようです。

 

f:id:teaceremonykoto:20160516164905j:plain

 

真菖蒲は、いけかたも独特で、こちらは、蓬と一緒に生けています。

未生流では、水陸を一緒に生けることは基本的に禁じられているのですが、5月の節句の真菖蒲だけは特別です。

真菖蒲(水)と蓬(陸)が真菖蒲の実を挟んで対象的に生けられ、緑の美しさを楽しみます。

 

京都では、さっき雨が降ってきましたが、太田神社の杜若も、もう少し散らないで持ってくれるといいですね。