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古都 茶会記

気軽に楽しめる茶道と京の徒然

ゼロからスタート どの道失敗するなら、自分の信じる仕事に挑戦

つい2年前まで、開業など考えたこともなく、また、やりたいことがあっても仕事につなげる手段がなく、一般企業で普通にOLをしていました。

いつか結婚して、子どもと旦那さんと暮らして。

そんな普通の幸せを得ることが、私の一番の夢でした。

しかし、人生は思い通りに行かないもので、個人事業主として一人で開業する道にたどり着きました。

 

 

失ったものが多すぎた20代

 

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安定した職、結婚、パートナーと一緒に子どもを育てる幸せ・・。

自ら手放したものもあれば、不本意に失ったものも。

大学を卒業してからOLとして約5年間一般企業に勤めましたが、決して優秀とは言えない社員でした。

それなりに会社の目標は達成しましたが、心はいつも不安定、ぼろぼろでした。

必死に頑張って褒められることより、怒られることが多い。

少しの気の緩みが、大きな失敗、命取りになる。

「お金をいただくのだから、仕事だからそれが当然。」

「ここでだめなら、他のどこに行ったって、何したっておまえはだめに決まっている」

何度も自問自答しました。

 

同じような悩みを抱え、転職しようか迷っていた同年代や後輩女子は、彼からプロポーズされ、寿退社していくのを羨ましく思いながら。

 

本当に私はどこへ行っても何をしてもだめなのか?

どちらにしてもだめなら、他の場所で、本当にやりたい仕事で、試してみたいと思いました。

 

 

 

 

若くてもそう簡単に雇ってはもらえない

 

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今までとは異業種で仕事を見つけようとしても、そう簡単には見つかりません。

特別な知識も経験もなければ、企業側からしたら、もうすぐ結婚しそうな微妙な年齢の女性を、あえて中途採用の正社員や契約社員で雇おうとしません。

 

小さい子どもがいる女性ならなおさら、企業側からしたら採用しにくい。

 

子どもが熱を出したら、早退させなければならない。

臨時の仕事や残業などさせられない。

 

私は、微妙な年齢の女性で、小さな子供が一人いて、かつ夫がいない。

 

派遣のコーディネーターからも、予想通り、そういう条件の人は「就職が決まるまで長くかかることが多い」と言われました。

世間は女性活躍、ダイバーシティなど流行ですが、中小企業にはそんな余裕はまだないと感じます。

大企業でも、周囲とうまくコミュニケーションをとりながら、何かあったときに堂々と早退できるのは、長く働いてきたベテラン社員だけでしょう。

たとえ会社が許しても、新参者や若い社員が早退など、周囲の目は温かいとはとても想像できませんでした。

 

 

 

 

 

残ったものは開業する道 可能性が少しでもあるならやってみたい

 

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精神的に少しでも安定できる、好きな仕事

得意なスキルを生かせる仕事

自分が「良い」と信じられる仕事

子どもの前で、笑顔の元気なお母さんでいられる仕事

 

「自分のことしか考えていない」など批判を受けました。

 

周りからどうせまた失敗すると、心配されているのです。

しかし、本当に失敗するかは、やってみないとわかりません。

得意でもない仕事で何とか雇っていただけたとしても、結局そこで成果を出せずにしんどくなり、辛くなり、楽しくなくなり・・

勤めようと、開業しようと、どちらにしても失敗する可能性はあるのです。

それに、現在ゼロ、いやもしかしたら世間から見たら超マイナスからスタートなのだから、特に失うものもありません。

茶道・華道・着付けの師範資格と、日常英会話は、OLでは全く生かされなかったスキルなので、新しい挑戦です。

自分が「良い」と信じられる仕事で食べていけるチャンスがあるなら、かけてみたいと思いました。

 

でも、今でも振り返った時に私は思うのです。

どうして子どもの前で笑顔の元気なお母さんでいられる方法を模索するのに、周囲の批判という大きな代償を支払わなければいけないのか、と。

 

なぜ信じる事に挑戦しようとするだけで(実際はまだ腰を上げただけの段階で)ハードルを超え始めなければいけないのかと。

 

世の中には、起業や育児、社会的な活躍などでイキイキとした言葉やキラキラしたSNSのアカウントがあふれています。

応援するというポジティブなメッセージは、歌や広告、ポスターの中で踊っています。

 

その世間の中で、「私は応援される価値はなかったのだろうか」「私だけがこういう状況で苦しんでいるのだろうか」と疎外感で悩む人は少なくないのではないでしょうか。